大阪大学国際教育交流センター 特任助教 中野遼子
1. はじめに
2018年9月5日〜7日、広島YMCA国際文化センターで、「国際教育にかかわる教職員向け夏期研修」に参加した。筆者は、初日から2日目にかけて、セクションA「国際教育における異文化理解促進」を受講した。本稿は、その研修の具体的内容を報告する。まず、はじめにセクションAの研修内容を、1日目と2日目に分けて詳述する。その後、筆者がセクションAおよび研修全体を通して学んだこと・得たことについて、記述する。
2. 研修内容
セクションAは、「派遣・受け入れにおける異文化理解の促進(BRIDGE Instituteによる研修)」というテーマで、筆内美砂先生(立命館大学)と川平英里先生(名古屋大学国際教育交流センターアドバイジング部門)に国際教育推進機構よるご指導のもとで開催された。具体的には、1日目は経験学習の一貫として「振り返り」に意識を向けるアクティビティを実際に体験し、2日目には、異文化体験を通した学びに関わる理論を学習した。
2.1 研修1日目
研修1日目、教室に入ると3~4人用のテーブルが4つ用意されており、好きな座席に座った。誰も何も話さないまま、研修の開始を待った。開始時間になり、急に自己紹介のため大きい円になるよう指示があった。一人ずつ、所属、名前、研修への意気込みを紹介し、また席に戻った。すると次に、「クロック・デート」というアイスブレイクが行われ、再度全員が席を立って、教室を歩き回った。「クロック・デート」とは、2時間ずつに区切られた時計のイラストを持ちながら、空いている時間を聞いて名前を書き込んでいくものである。最後の方は、3人で会う約束になりながらも、思ったよりすぐに時計が埋まったので簡単なゲームだと思っていたら、次に、トークテーマの発表があった。6つのトークテーマがあり、テーマごとに時間が指定され、その時間に書かれた人と会って話すことになっていた。まずは、「あなたの名前の由来」や「初めて訪れた国とそこで一番印象に残った出来事」など簡単な質問から、「国際教育関連の仕事の中で一番やりがいを感じるとき」「今の仕事を目指すことになったきっかけ(出来事や人)」「今の仕事の課題や困りごと」など徐々に抽象的なものになっていった。このように、様々なテーマについて様々な人と話す機会となり、また名前を覚えるきっかけにもなった。
そして次は、自分の異文化体験を書き出すワークを行った。特に重要な体験を書き出し、今の自分にどのような影響を与えたのかを考える。その状況における自身の反応(心身の状態の変化)を書き出し、チャートに整理し、その結果をグループ内で話し合った。話し合いでは、自分と似たような経験もあれば、自分が行ったことのない場所や経験したことのない出来事についての話もあった。詳しく聞こうと思ったら、終了時間になった。このとき、自身の授業でも、終了の合図をしたにもかかわらず話し続ける学生がいるが、実際に受講する立場になって、もう少しメンバーの話を知りたい、自分のことを話したい、という彼らの気持ちを理解することができた。
次のアクティビティは、グループで相談して、新聞紙4枚とセロテープのみで、できる限り高い自立式タワーを作り、その高さを他のグループと競うというものであった。制限時間は、作戦タイム7分と製作時間8分である。また、このアクティビティの間は、細かく設定された個人の思考・行動傾向について書かれた紙が与えられ、その役を人に言わずに演じ切らなければいけない。筆者は、他者の意見を聞き、ゆっくり目を見て話す役であった。他には、リーダーシップを取る役、明るく盛り上げる役、人との関わりに興味がない役などがあった。まず、作戦タイムでは、リーダー役の人がいたので、作戦会議はスムーズに進んだが、全く話さず意見を言わない人も出てきたため、「急に無口になりましたね」とグループの中で笑いがおきた。その後の製作タイムでは、リーダーの指示通りに作っていったが、新聞を丸めることに時間がかかったり、細く高くするうちに折れ曲がったりして、作戦通りに行かず、焦って役割を演じることができなくなっていった。筆者のチームは、高いタワーを作ったが自立できず負けてしまった。しかし、このゲームからは、海外に行って、言葉や文化の壁にぶつかると、意見や感情など、普段の自分を出すことができなくなるため、その窮屈さを体験することができた。また、もうひとつおもしろいことは、夢中になれるゲームを取り入れると、自分の役割を忘れて素の姿が出やすいということである。そのため、このような活動を異文化理解教育に取り入れると、自然体な姿を見せるきっかけとなり、学生同士の交流が促進されるのではないか、と思われる。
そして、初日最後には、「振り返り」の重要性についての講義があった。まず、タワー作りのアクティビティにおいて、何が起こっていたのかを振り返り、グループで話し合った。役割が与えられて、普段の自分とは違う性格を演じることを難しいと感じた参加者が多くいたこと、また、どの発言・行動でその性格を表現していたのかを、共有し合った。このように、アクティビティ中に感じたことを言葉にすることで、メンバーの行動について理解が深まった。話し合いのあと、振り返りとは「体験に基づいて、自己の感情、思考、行動を考察すること(Moon, 1999, 2004)」だと説明があった。そして、海外派遣事前・留学中・事後研修においては、派遣学生が「振り返り方」を学ぶことが重要であること、人は振り返ることで体験から学びを得ることを学習した。
2.2 研修2日目
2日目は、理論編であった。1日目のアクティビティを基にしながら、さまざまな理論が紹介された。
この日は、朝9:00に研修後半が開始した。朝が早く無言で座っている人も多かったので、まずは、ピンポンパンゲームをすることになった。2グループに分かれて円になり、ピン・ポン・パンの順番でグループの人を当てていくゲームである。単純なゲームなのに、体が温まった。次は、リズムはそのままで、ある単語を言いながら次の人を当て、当てられた人はその単語から連想する単語を次のひとに渡す、というルールになった。少し難しくなったが、まだあまり頭を使わずにリズム良くゲームを進めることができた。そして、最後は、前の人から言われた単語と関連のない単語を言うというルールになった。関連のない単語を考えることは非常に難しく、リズムが止まってしまうことが多くなった。このゲームからは、いかに自分たちが普段関連したものばかりを考えて生活しているのかに気づくことができた。
そして、次は理論編に進んだ。まずは、Hammer (2012)の「異文化感受性発達モデル」について説明があった。これは、「個人が異文化に対してどのように反応するかを発達段階的に表した指標」である。まずは、自文化と他文化の違いを意識し始め、徐々にお互いの類似性や普遍性に着目する態度、さらに気づきにくい文化の違いも含めて学び、受入れようとする態度、最終的には相手文化を尊重しながら行動様式を合わせるという発達段階があるという。このモデルは、筆者の経験を分析するためにも役立った。詳細は、後述する。
2つ目の理論は、Paige (1993)の「異文化体験が個人に与える心理的インパクトの『強度』を決める要素」である。「言葉の不自由さが大きければ大きいほど心理的負荷が増す」、「現地の人たちと接する密度が高ければ高いほど、個人への心理的負担は増す」といった異文化経験の際の心理的負荷に関する14の仮定が紹介された。当たり前だと感じる仮定もあるが、まとめてあると自分の留学経験を振り返って分析しやすい。また、事前研修で教えると、留学中、疲れているがその理由がわからない時に、この理論を参考にして自分の状態をメタ視点から観察できるようになり、精神的負担の軽減にも役立つと思われる。これらの理論は、短期派遣留学生向けの研修でも紹介でき、各学生に自分の留学体験を分析させるアクティビティを行うこともできるという。
続いては、異文化理解教育のアプローチについて学んだ。アメリカで主流のアプローチ(Essentialism<本質主義>、 Neo-essentialism<新本質主義>)は、人種や国籍によって行動様式の傾向を捉えうると考える。一方、ヨーロッパで主流のアプローチ(Non-essentialism<非本質主義>)は、個人の多様な集団属性や役割にもとづき、人は「状況に応じてあり方を変えている」と考える。そのため文化集団ごとの捉え方を避け、個々の複雑な関係性に着目する。そして、ヨーロッパ・アメリカの各視点による留学生の事前・留学中・事後教育の教材の紹介もあった。ヨーロッパで開発された教材では、国籍に関わらず、いかに人によって感じ方が異なるかを気づかせるワークが多いという。これまで、異文化理解教育に関する研修は受講したことがなかったため、教材や文献を知ることができて、大変参考になった。
最後のアクティビティは、セクションAの研修で学習したことを使って、自分の大学で行われている国際教育プログラム(海外派遣、受入れ、国際交流活動など)を分析して、どの活動が振り返りを促しているのか、また足りていないものは何かを見つけるというワークを行った。自分が行った事前研修は学生同士の交流重視のため、振り返りの機会が少なく、理論についても教えていない。交流も大事だが、そこに自分の経験を振り返り、分析する習慣をつけるような教育も行っていくべきだと気がついた。
3. この研修から得たこと
3.1 セクションAから得たこと
まず、セクションAから得たことは、主に2つある。
まず、異文化理解に関するワークショップを受講できたことである。これまでに、言語教育やFDに関する研修、演劇ワークショップなどには参加したことがあったが、異文化理解教育に関する双方向型研修の参加経験はなかった。そのため、これまで受けた研修の内容をどのように海外派遣留学の事前研修に取り入れることができるかなど手探りの状態であった。今回、ある理論やアクティビティをどのように取り入れると学生にとって効果的か、そして、各アクティビティに対する学生の反応について講師の先生の経験談を交えながら紹介していただいたことは非常に参考になった。また、研修で学んだことをどのように今後活かしていくか、というグループワークもあり、勤務に戻ると考える時間が取りにくくなるため、研修中に考えることができてとてもありがたいと感じた。早速自分の授業や事前研修等に取り入れたいと考えている。
次に、このセクションAで、自分自身を振り返り、気づきの機会にもなったことは非常に重要なことであった。この経験は自分にとって大事であったため、詳述する。
この研修の2週間前、4年ぶりに海外へ行く機会があり、初めてカナダを訪問した。行く前はとても楽しみにしていたが、街歩きを始めると、否定的な感情を抱くことが多くなった。「タトゥーをしている人が多い」「なんでバス停の印がわかりにくい位置にあるの?」「ヨーロッパに似ているから感動はそれほどない」「落書きが多くて、街が汚い」などである。
20代前半の頃、筆者はドイツ交換留学を経験し、留学中はヨーロッパ各地を旅行した。旅行中におもしろい発見や違いを見つけるとすぐにメモを取り、自分にとって違和感のある習慣も肯定的に受け取った。また、当時、ある女優が「20代の頃は海外旅行が好きで毎年行っていたけど、30代になったら海外旅行には興味がなくなり、日本の良さに改めて気づいた。今は日本を旅したい」と話している記事を読んで、「海外に行くことはこんなに楽しいのに、興味が薄れるなんてこんな風にはなりたくない」と思った記憶がある。自文化を知ることも重要とは思ったが、他文化に対して否定的に感じることは自分にはないと思っていた。それにもかかわらず、今回、この女優と同じように感じている自分がいた。これでは良くないと思い、以前のようにメモ帳を取り出し、気づいたことや新しい発見を書き出そうとするが、なかなか思いつかない。思い出そうとすると、頭が疲れてしまう。以前は、少しでも違和感があると瞬時に察知していたが、その感覚も鈍ったのかと残念な気持ちになった。このように悩んでいたときに、本研修で「異文化感受性発達モデル」を学んだ。このとき、自分がステップ2の「二極化」に留まっていることに気がついた。「二極化」とは、「文化的な違いを認識しているが、良し悪しで判断し、自分の文脈で解釈する」段階である。ドイツ交換留学中の自分は、最終ステップの「違いへの適応(文化に応じて視点を転換したり行動を変えることを意識し、実践している)」に到達していたと思う。しかし、年齢とともに異文化感受性が減少し、また、これまでの交換留学経験が異文化受容を阻害しており、自分が発達モデル上で退行していることに気がついた。このように自分の現状を、モデル図を通して分析できたことは非常に有益であった。講師の先生方からは、「生涯学習として、ずっと学んでいこうという意識が重要」とコメントをいただき、年齢とともに新しいことや違いへの気づきが鈍感になる中、以前より少し労力が必要だが、新しいことを学ぼうという意識を持ち続けようと思うことができた。そして、このような体験の振り返りは、ぜひ海外派遣学生にも経験してもらいたいと感じた。
3.2 研修全体から得たこと
国際教育にかかわる教職員向け夏期研修全体を通して得たことは、3つある。
まず、1つ目は、グループワークが多かったため、3日間楽しく最新の理論や取り組みについて学ぶことができた。最近は、学生の頃とは違い、新たな知識を学ぶ機会が減っていたため、このような研修は大変ありがたいと感じた。
次に、様々な人と知り合えたことである。本研修には、大学関係者だけではなく企業からの参加者もいた。企業からの参加者はまず、挨拶の声が大きく、自己紹介も堂々としていた。また、グループワークの時も、進め方が素早く、的確に回答していた。おそらく、会社で働いた経験のある人にとっては、特にスピードが求められる会社であれば、当然のことかもしれない。しかし、長い間学生であった筆者にとっては、スピードの速さに驚き、まさに異文化に遭遇した気分であった。このように、これまでの自分の常識だけではなく、様々な背景を持った人と共に学ぶことにより、新たな価値観を知ることができた。また、自分も状況に応じて、自己紹介や話し方等を変えていく必要があると感じた。
最後に、様々な人との交流が深まったことは最も大切なことである。初日は、通常の研修会や学会で話す程度の交流であったが、2日間一緒に同じ研修を受け、さらに後半のセクションも一緒に受講した参加者とは、夕食をご一緒させていただいた。ほとんど初対面にもかかわらず、研修や国際交流など共通の話題も多く、楽しい食事会となった。また、旅行気分も重なり、名物料理を食べたいという共通の興味も交流促進に良い影響を与えたと思われる。そして、続いて9月7日~8日にかけて同じ広島で行われた留学生教育学会では、研修ですでに会っていた参加者とは仲間意識が芽生えており、とても話しやすかったことと、研修中は時間がなく話せなかった深い話もすることができた。そして、これまで経験のなかった共同研究の計画にまでつながった。これが、研修だけあるいは学会だけの交流であったら、話が深まることもなかったかもしれない。しかし、4日間で場所を変えて交流できたことは非常に有意義であったと感じている。
今後も、このような研修があれば参加したいと思う。もう少し参加費が安価になれば参加者も増加すると思われる。また、今回のように、おいしい食事やレストランが周りに多ければ、交流の活性化に繋がるだろう。
最後に、このような実りの多い研修をご準備・開催していただいた関係者のみなさまに心より御礼申し上げます。